概要
欧州委員会は、欧州証券市場監督局(ESMA)の権限を拡大し、暗号資産サービス事業者(CASP)などの監督とライセンス発行を一元的に担う「欧州版SEC」とする改革案を公表した。この構想は、EU域内の資本市場の競争力強化を目指す一方で、規制権限の集中がライセンス発行の遅延を招き、暗号資産・フィンテック業界のイノベーションを阻害する可能性が専門家から指摘されている。
背景
この提案は、欧州中央銀行(ECB)のクリスティーヌ・ラガルド総裁が2023年に初めて提唱した概念に沿うもので、EU域内の資本市場統合を深化させ、米国市場に対抗できる競争力の構築を目的としている。データによれば、米国株式市場の時価総額は約62兆ドルで世界の48%を占めるのに対し、EU市場は約11兆ドル(世界の9%)に留まっており、この格差是正が背景にある。
市場分析
提案の核心は、従来各国に分散していた暗号資産サービス事業者(CASP)、取引所、中央清算機関など主要市場インフラへの「直接的な監督権限」をESMAに集中させる点にある。これにより、各国間で異なる監督慣行や不均一なライセンス制度の是正が期待される。
業界への影響
専門家からは、権限集中による懸念の声が上がっている。分散型レンディングプロトコルMorphoの公共政策責任者、フォースティン・フルレは、ESMAが監督だけでなくライセンス発行も担うことにより、プロセスが遅くなり、スタートアップの成長を妨げる可能性を指摘した。資産トークン化プラットフォームBrickkenのゼネラルカウンセル、エリセンダ・ファブレガも、「十分なリソースがなければ、この権限は管理不能となり、遅延や過度に慎重な審査を招き、規模の小さい革新的企業に不釣り合いな影響を与える可能性がある」と述べ、実行体制の重要性を強調した。
投資家の視点
この改革は、EU域内の規制環境の一貫性と透明性を高め、長期的には市場の安定性と投資家保護を強化する可能性がある。一方で、過度な中央集権化が規制当局の柔軟性を損ない、急速に変化する暗号資産・フィンテック業界への対応を鈍らせるリスクも認識されている。改革の実効性は、法的形式よりも、ESMAの運営能力、独立性、加盟国との協力「チャネル」といった制度的実行力に依存するとの見方がある。
まとめ
欧州委員会の「欧州版SEC」構想は、EU資本市場の競争力強化と統合深化を目指す野心的な提案である。監督の一元化により規制の一貫性が向上するメリットが期待される反面、権限集中によるライセンス発行の遅延や、イノベーションの阻害が懸念材料として挙げられている。提案の成否は、現在進行中の欧州議会と理事会での交渉、そして承認後の制度的実行力にかかっている。